雑記

2018年7月 9日 (月)

ちょっとだけ心境の変化

このブログの記事が全体的にあれであれすぎて恥ずかしくなってきた。

 

なんだろうこのむず痒さ…黒歴史ノートを発見してしまったみたいな…
あと疲れてるときに記事を書くと超ネガティブな内容になるからいけない。


最近少しだけ心境の変化があって、すごーく久しぶりに佐藤利行先生の二陸関係のご著書を読もうかと思っている。
このブログに自分で書いてきたほとんどの情報が頭から抜け落ちているという有様なので、逆に新鮮な気分で読めそうな気がするな。

そして話は変わるが三国志大戦4をちょびっとだけプレイしたら孫権夫人がたくさん登場していて草。徐夫人推します

2018年4月13日 (金)

2018年

・三国志界隈本当にめんどくさいって、10年以上前に初めて三国志に手を出したときから思ってるし、いまだに何も変わってないの面白すぎるでしょ。1000年前の歴史に関する新しい情報は出て来てるのに、現代の人間には何の変化もない。考察と称すれば歴史上の人物に対して貶めようが何を言おうがいいと思ってそうな人が視界に入ることが多くてげんなりする。

・当時も再婚が許されてたことと個人の貞操観念は関係なくないかな。再婚って嫁ぎ先が変わるだけじゃなくて、肉体的な話にもなってくるじゃん。その点においても風潮として再婚が許されてたんだから女性としてもそのことに問題を感じていなかっただろうという考えだとしたらずいぶん侮辱的だと感じる。自殺してないし身体を傷つける行為にも及んでなければ女性はみな喜んで他の男のところに行ったことになるのか?そんなわけないだろ気持ち悪いな。特に陸鬱生や、おそらく顧承の妻も10代という年頃だったろうに、軽く考えられて可哀想。

2011年1月 8日 (土)

なんてこったい

正月早々ちくま訳本と建康実録のコピーと三藐院記のコピーが捨てられたかもしれないことに気付いてブルーだよ。
珍しくやる気を出して実録の孫登のところアップしようかと思ってた矢先にこれだよ。
とりあえず実録では孫登は徐夫人が産んだ子みたいに書かれていたのだけは覚えている。前にも書いたけど、その点も三国志演義の呉の部分は実録を見て書いたのかなーと思った所以でもある。

また集め直すのが億劫だなー。訳本はどうにかなるとして、実録はもっと安ければ買ってもいいんだけどさすがに10万は出せないな。
自分で気になってる人の記述はこのブログにもアップしてるのでそれだけが救い。