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2019年9月

2019年9月23日 (月)

姚敷

呉の人物である姚信の父親の名を「姚敷」だとする出典はなんだろうと気になっていたんだけど『新唐書』かな。

(『新唐書』巻74下)

姚姓,虞舜生於姚墟,因以為姓。陳胡公裔孫敬仲仕齊為田氏,其後居魯,至田豐,王莽封為代睦侯,以奉舜後。子恢避莽亂,過江居吳郡,改姓為媯。五世孫敷,復改姓姚,居吳興武康。敷生信,吳選曹尚書。

維基文庫より引用


姚信の一族については姚察・姚思廉のことは知っていたが他にも名前のわかっている人がいるんだね。
「遜外生」が陸遜の姉妹の子を指すとすれば、陸遜の姉妹が嫁いだ相手はこの姚敷ということになる。陸遜や顧邵に近い年代の人なんだろうか? そうだとすれば、息子の姚信は顧譚・顧承兄弟と年が近かったとも考えられるかも。
また、『新唐書』のこの情報からは、姚敷が呉朝において官位を得ていたかどうかがわからない。仕えたけれど書かれていないのか、仕えていなかったのか、仕える前に亡くなったのか。

ところで姚信自身について、裴松之は姚信の集から陸鬱生のことは紹介しているのに姚信自身の情報は残していない。孫弘や袁夫人などは野史から僅かながらも補足しているのになぜだろう。
興味がなかったか、うっかり忘れたか、実はちゃんと注釈を入れていたのがどこかで抜け落ちたか。
姚信の子孫は続いていて、裴松之自身も姚信の集を史料として引っ張り出しているのに、姚信本人の情報は見つけられなかったというのはないように思うが。そして姚信は字いくつ持ってるんだ。



関連記事:
時系列と姚信のこと
姚信と姚察と姚思廉
賀循+α


2019年9月17日 (火)

記事目次(二宮・夫人関連)

【取り扱い内容ごとのリスト】
関連記事の多いものを見やすいようにまとめた。
リストにあげたもの以外にも関連する記事はあるがそれらは各記事の内部リンクかサイドバーにあるカテゴリーから。


:二宮の変関係


二宮の変の太子派について
二宮についての雑感
陸氏は孫和を支持しなかった説
時系列と姚信のこと
全皇后と張妃
全氏のターゲットは顧譚ではなく張休
時系列と孫覇の年齢

 

:孫権の夫人たち関係

孫権夫人:謝氏、徐氏、潘氏、歩氏の記述について
孫権の本命は歩夫人ではなく袁夫人
瑯邪と南陽の王夫人

歩夫人は嫉妬しない
孫登、孫和、孫魯班の関係性
徐夫人は孫登の母

 

2019年9月16日 (月)

張春華と司馬榦

張春華は司馬懿の正室である。司馬懿の息子の中でも特に著名な司馬師・司馬昭は張春華が産んだ子だ。彼らほどの知名度はないものの、実は張春華は司馬懿との間にもう一人息子をもうけており、その名を司馬榦という。

司馬榦の生年は232年。長子である司馬師は208年生まれであるから24歳の時に誕生した弟ということになり、もはや息子といえるほどの年齢差である。
兄と弟の年齢が大きく離れているということは、生母の出産時の年齢も大きく離れているということ。
張春華の生年は189年。つまり、張春華が43歳のときに司馬榦は生まれたのである。

あの時代にこの年齢で無事(?)出産できた張春華はすごい。産後の様子が歴史書に記されるわけもなかろうが身体の負担は非常に大きく、相当大変だったろう。彼女の没年は247年だから一応産後の肥立ちが悪くて死去というわけではなさそうか。

三國無双や三国志大戦だと夫も恐れる冷酷な妻(暗黒微笑)なキャラ設定になっているけれど、個人的に張春華に対してそういうイメージはないな。若い妾を寵愛して妻を老者(おいぼれ)と面罵する司馬懿の方がインパクト強すぎて。でも張春華は43歳で出産しているわけだからなあ。何とも言えない。

その司馬榦の逸話として『晋書』に記される遺体に淫らな行いをしたという件。これは対象が愛妾であることと、亡骸が腐り始めたら葬ったことを考えると、屍に生前の面影が残るうちは恋慕を断ち切ることができなかったということじゃないかなあ。愛した人だから何度も顔を見に行った。未練があった。司馬榦にその手の性癖があったというわけではないかもしれない。


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