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2019年7月

2019年7月26日 (金)

名無しの権兵衛

 

(『呉志』孫登伝)
江表傳曰:登使侍中胡綜作賔友目曰:「英才卓越,超踰倫匹,則諸葛恪。精識時機,達幽究微,則顧譚。凝辨宏達,言能釋結,則謝景。究學甄微,游夏同科,則范慎。」衜乃私駁綜曰:「元遜才而疏,子嘿精而狠,叔發辯而浮,孝敬深而狹。」所言皆有指趣。而衜卒以此言見咎,不為恪等所親。後四人皆敗,吳人謂衜之言有徵。

 

この記事すごく気に入らないな。
賓友目とやらは諸葛恪、顧譚、謝景、范慎らが自分で作ったわけじゃない。孫登の命令で胡綜が作ったものだ。その作品に乗じる形で、羊ドウは私(こっそり)駁(反論)し、彼らの欠点をとりあげた。指趣があったとはいうがそれはあくまで羊ドウ視点のものに過ぎない。悪口じゃん。こんなことをいきなり言われたらそりゃ不愉快にもなるよ。

しかし、羊ドウは彼らが生きている間に自分の考えを自身の言葉で述べた。発言の責任を自分で負って、結果を自分で受けた。だから羊ドウが気に入らないわけじゃない。
鬱陶しいのは四人が皆敗れた後、おそらく死後に羊ドウの言葉には兆しがあったのだと言ったらしい名無しの誰か。結果が出てから他人の悪口に便乗するな。あと諸葛恪、顧譚はともかく謝景、范慎は敗れてないだろう。

この記事に限らず名有りの発言を盾にして誰かを批判する名無しや外野から非難する名無しが散見されるけどこの人たち何? どこ住み? ていうか誰だよ。

2019年7月 9日 (火)

笑い上戸

陸雲の「笑疾」についてだが、陸雲は極度の笑い上戸だったのかもしれない。
なぜそう思うのかというと、私自身が笑い上戸なので思い当たる節があるからだ。自分の経験の中で最も性質の悪い笑いのパターンを挙げると、まったく笑う要素がないのにツボに入ってしまい、一度笑い出すと自分では止められないのでお腹が痛いのと呼吸が整えられない状態がずっと続き、それでも笑いがおさまらず、ガチの苦しさのあまりその場にうずくまる

文章だとわかりにくいし冗談のような話だけど真面目にきつくて笑いごとじゃない。笑ってるけど。
自分がこんなだから、陸雲の笑疾にまつわるエピソードは「あ~、あんな感じかな?」と想像しやすかったりする。
陸雲がこうした笑い上戸だったかはわからないし、理由はそれぞれ異なるかもしれないが、なぜか笑いが止まらなくなる人は実際にいるんだよと。
なので、笑疾の逸話を陸雲自身の人格に結び付けて問題があるのではという見方をするのにはなかなか頷き難いものがある。

おもしろエピソードを他人に話そうとするも思い出し笑いが止まらず結局話せないという厄介な現象も笑い上戸あるあるだと思う。陸雲もそういうことがあったかもしれない。
陸雲「この前おもしろいことがあったんです。実はwww士光がwwwwww」
陸機「…………」

2019年7月 4日 (木)

なんでや潘夫人かわええやろ

孫権が歩夫人を寵愛した話は美談のごとく称賛されるわりに、同じく孫権が潘夫人を寵愛した話はあまり関心を持たれていなさそうなのはなぜだろう。

彼女たちは容貌の美しさから孫権に愛され、本来ならば皇后に立てられる立場ではないながらも皇后になったという共通点がある。

両者に向ける孫権の愛情に格差があったわけではあるまい。どちらも孫権は愛していただろう。
しかるに後世の人間が片方を称賛し片方には関心を寄せない理由はどこにあるのか?

おそらく史書に記される二人の人柄が大きな要素を占めているのではなかろうか。

俗な言い方をすれば歩夫人は良い人潘夫人は悪い人という印象を『呉志』からは受けるだろう。

良い人を愛したなら「身分にとらわれず善良な人を愛した」と良い話風になる。

悪い人を愛したなら「顔だけで寵愛して分不相応な地位を与えた」と悪い話風になる。

みんな良い話風が好きなんだ。そういうことなんだなあ。

別の見方をするなら、孫権の評価に関わるからという理由もあるかもしれない。

孫権にとってはどちらも同じ愛した女性でも、後世の人間にとっては孫権の印象に関わる問題となる(と思っている)ため愛を取捨選択してしまうのだ。世知辛いね。


なんとなく思っただけなので実際どうなのかはわかりません。

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