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2008年5月28日 (水)

朱桓と朱異と朱拠

朱桓と朱拠の関係性ははっきりしない。

『呉志』朱桓伝には「(朱異の)従父の朱拠」と書かれており、私はこれを勝手にイトコだと思い込んでいた。だから三国志大戦の設定で朱拠が朱桓の弟とされていることに首を傾げていたのだけど、『漢字源』を引いたら「従父=父の兄弟」と出ていたので納得した。S○GAの人はここから判断したのかもしれない。

しかし本当に弟ならば陸瑁のように「陸遜の弟である」と一言書かれていそうな気もする。孫権が朱拠に向かって朱異のことを褒めた件は、顧雍に向かって孫の顧承を褒めた逸話を彷彿とさせることからも、朱桓父子と朱拠の関係の近さを感じさせるが。
昔の続柄を表す単語は意味が広くて紛らわしい。「舅」とか。


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